昨日は
大雨でした。近くの加茂川も増水していました。烏丸丸太町でも完水したり、水道管が破裂したり色々京都市内でも被害があったようです。
五山の送り火が無事にできるか心配しましたが、何とか雨もやみ午後8時からはじまりました。私は毎年行く建物に行き、手をあわせてきました。大文字、妙法、船型、左大文字は何とか拝むことができたのです。お盆で仏壇にこられていた先祖が送り火にてまたお墓に戻られたことでしょう。
この送り火を拝みながらいつも考えることがあります。16日の京都新聞で横浜在住の元特攻隊員(88歳)であった方が「わたしたちにとっては志願ではなく事実上の強制だった。弱い者が犠牲になる戦争を二度と起こしてはいけない」と述べられていた。志願という名のほぼ強制さえて書いた「特攻に志願希望書」であったとのこと。「死ななければいけないんだ」。家族にも弱音は吐けなかった時勢。鹿児島の串良基地へ配置されたが、同期生から「まだ死にたくない。代わってくれ」と迫られたこともあるとのこと。そして5月3日いよいよ3人で800キロの爆弾を積んだ艦上攻撃機に乗り込み、米艦に突っ込むため出撃した。涙がボロボロ出たと振り返る。ところがエンジントラブルで種子島で引き返すと上官から厳しく叱責をうけたらしい。2度目も飛行中に油が漏れ種子島に着陸。以後、飛行機がなくなり、台湾へ赴任。そして終戦を迎えたとのこと。上官は出撃せず、上官に目にかけられている人は出撃命令はされず、戦争は強者が弱者を矢面のたたせることを実感した」としている。1984年に「串良ある特攻隊員の回想」を出版したが「面汚し」と非難も受けたとのこと。「勇ましい建前で陶酔することは簡単だ。だが、戦争はそんなもんじゃない」と訴えた。私はこの記事を読み、戦争を絶対に美化したくないと考えました。今生きていられる喜び、そして平和であることに感謝しなければと思いました。私は無宗教ですが、先祖や親族、まわりの方々に感謝しながら平和に生きていることに感謝し、この平和を守る必要性を痛感しています。改めて自分が生きる意味について考えてみませんか?


