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個別記事: 2016年02月14日

認知症徘徊での電車事故。家族の責任について来月に最高裁が判決

本年3月1日、最高裁が認知症の方を抱える家族の監督責任について初めての判断を示す可能性がある(京都新聞2/3付朝刊)と報道されました。この事故は、2007年12月に愛知県大府市で起こった事案です。認知症の男性は要介護4で認知症が悪化していました。当時、85歳であった妻が少しうたた寝をしたわずかな隙に、認知症の男性が外出。駅構内で電車にはねられたため、JR東海は運転停止に伴う振り替え輸送にかかる費用なを遺族に求めて提訴したもの。

 新聞報道によると、一審(名古屋地裁)は「男性のことを目を離さずに見守るのを怠った妻と、介護方針を立てていた長男に監督責任」

二審(名古屋高裁)は「妻は男性に対する監督義務を怠った。長男は20年以上別居をしており監督責任を負わない」

上告審弁論では、JR東海は、「家族会議を主催し、介護のほう亜新を決めていた長男にも監督責任がある」と主張した。一方、遺族側は「妻には監督責任はない。あったとしても常に行動を監視するほどの義務はまい。」と主張をした。

この事案は、認知症を抱える方を支える家族の賠償責任が問う判決だけに、介護をしている人や支える方々からもとても注目を受けている。介護保険の導入がされた際には、「介護の社会化」を強く打ち出し議論がなされてきた。現在、介護保険は人々には必要な制度として普及してきたが、その要因の一つには家族だけで介護が限界にあることが背景にあるのではないか。

もし、認知症の方に対して、強い監督責任があるのであれば、家族としては、外に外出ができないように「鍵をしめる」行為で対応せざるを得なくなる。しかし、認知症の方のも当然ながら感情があり、一人の人として人権は尊重されなければならない。「鍵をしめて閉じ込める」行為は暴力であり、状況によっては「虐待」ともなりかねない。

この事案は、認知症の人が事故を起こさないように配慮する努力は、家族だけではなく、介護を支える支援者も含めて行うことは大切であろうが、それでも絶対防ぐことは限界があるのではないか。介護を在宅で支えていく上においてとても大切な判断が出される。私たちは注視していきたい。そして必要な声もあげていくことも大切であるとも考えた。皆様はどう考えられますか?

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