広島に次いで9日、長崎にて被爆69年を向えた。今日は台風11号の影響で自宅内で仕事をしていましたが、久しぶりにテレビで「平和祈念式典」を見た。
毎年開催されているが、仕事でゆっくり見る機会がなくいつも申し訳ない思いを心で抱きながら過ごしてきただけに11時2分黙とうをした。この際、近くにあるお寺の鐘が鳴らされていることにも気づき、思いを共有してくれている人たちがいることをとてもうれしく感じました。
式典では、田上長崎市長の「集団的自衛権の議論を機に、安全保障の在り方が議論されている。『戦争をしない』という平和の原点が揺らいでいるのではないかとの不安と懸念が、急ぐ議論の中で生まれている」と訴え、政府にこの声を真摯に受け止めることを求めた発言を聴き、被爆国である日本の在り方を考えました。広島市長の平和宣言より集団的自衛権に対する反対の意見に踏み込んだ内容でした。
私が胸に強く来たのは、被爆者代表で発言した城台美弥子さんの「平和への誓い」であった。69年前に爆心地の自宅で被爆した城台さん。幸い大人になっても健康に過ごすことができたが、同級生は次々と死亡された。1997年、小学校の教諭を定年前に退職し、4か月後に生れる孫娘の世話をされた。しかし、98年1月に孫娘が急死。医師には被爆とは関係がないと説明を受けるが、自分の過去を思い出し、被爆受けたことを責めたとのこと。原爆投下で一瞬に多くの家族や子どもがなくなった家族の悲嘆を孫の死から考え、「語り部」になることを決意をされた。
「誓い」のなかで集団的自衛権の行使容認を決めた政府の姿勢に「戦争が戦争を呼ぶ」と警笛を鳴らした発言には重さを感じ感銘をうけました。政府が進むべきは核兵器廃絶の先頭に立つべきではないかと強く求められた発言。「被爆者の長年の苦しみを忘れてはいけない」と改めて痛感しました。私ができること。微力ではあるが、平和を考え、私の言葉で私の行動で「被爆者の苦しみ」を受け止め、後世に伝えていくことを考えて行動したいと感じた一日でした。
台風11号が大雨をもたらし被害がでていますが、人の生命の重さを受け止め、ひとりひとりが大切にされることを強く望みます。


