阪神・淡路大震災から18年が経過しました。
私も当時、朝方大きな揺れに目が覚めてそして突き上げるような揺れに思わず「布団にもぐれ」と妻に伝えたことを鮮やかに覚えています。段々と時間の経過とともに明らかになる被害状況。阪神高速道路が倒れたり神戸の街並みは凄まじい変わりように胸を痛めました。
義父母が淡路島でしたから、父と二人で水と食料などを届けにいきました。液状化でバスもなく何とか船に乗り、淡路島にも行きました。
また、職場から支援隊が募集され、私は第2弾で救急車に乗車して東神戸病院に支援にも行きました。今でも鮮やかに当時の光景が蘇ってきます。
あれから18年。
地震では助かったけれども、誰にもみとられずに亡くなった方がおられるとの報道がありました。大震災後、仮設住宅や復興住宅で起きた被災者の孤独死が1011人となりましたとの記事です。ほとんどの孤独死は、人と人とのつながりが断ち切られたこと、元の生活に戻る見通しがなく生きる希望を失ったことが主な要因と指摘されていますが、当時「住み慣れた街に戻りたい」との被災者の切実な願いはかないませんでした。被災者は抽選で復興住宅も移る際に、バラバラにされたりしたのです。
今後より孤立が進み、高齢化や病気・貧困が進む危険性があります。孤独死をなくし防いでいく支援の構築が緊急に求められています。地域包括支援センターや医療機関・地域の機関などが連携して、支援できる仕組みづくりをぜひとも求めていきたいと強く感じました。そして東日本大震災の被災者にも同じことを絶対に繰り返さないことを強く求めていきたいです。


